伊江島のシンボル「城山」にある歌碑をご紹介します!

こんにちは。

今回は、伊江島のシンボル「城山(ぐすくやま)」に建てられている碑をご紹介します。

1. 皇太子・同妃両殿下 御来村記念碑

1976年、1月17日に皇太子・同妃両殿下は海洋博の閉会式に参列する為に会場に向かう途中伊江島を訪れました。

芳魂の塔を参拝し、城山展望台から村内を眺められ、その後、キビ作農家や畜産農家にお立ち寄りになられました。

その時の感想を詠んだ琉歌が村長に贈られました。

4月29日に、両殿下の来島を記念した御来村記念碑とその隣に歌碑が建立されました。

歌碑には

“広がゆる畑 立ちゅる城山 肝ぬ忍ばらぬ 戦世ぬ事”

という歌詞が刻まれています。

両殿下の心情が伝わってきますね!

2. 黒田操子さん来島記念碑

1955年、当時17歳の黒田操子さんは、東京に住む女子高校生でしたが、アメリカの統治下で土地接収などに苦しむ沖縄の実態が報道された新聞を読み、伊江島の人々に励ましの手紙を送りました。

その傍ら、伊江島の窮状を国連やニューヨークタイムスなど、マスコミ各社に手紙と葉書で訴えたところ、新聞やラジオでとりあげられ、世間の伊江島への関心が高まりました。

それによって同年の8月には、全国から約800冊の本や雑誌が集まり、黒田さんから伊江島へ寄贈されました。

翌年の1月には島を訪れ、住民から大歓迎を受けた様子が当時の新聞に「苦難の中に生きる人々に希望の光を当てる”沖縄の太陽”」として、大きく取り上げられました。

3. 力タンナーパの碑

伊江島の力持ち伝説で特に有名なのが「力タンナーパ」です。

頂上まで登れない方の為に、詳しい話が記された碑が建立されています。

以前の「ちからタンナーパだけじゃない!伊江島の力持ち伝説」でも紹介させていただきましたのでご覧ください。

4. 打豆節

昭和63年9月29日に建立されました。

歌詞:

打豆と真豆 我馬小に刈食はち

遊庭のかずに すだち出ぢら

歌意:

うち豆を刈り取って来て我が愛馬に与え、大折目(神祭り)には飾りたてて出場させて見よう

です。

以前は大折目というと3日間にわたる祭事で、島の一大行事だったそうです。

村史によれば、3日目には、ノロ(祝女)を馬にのせて拝所を回るしきたりがあり、その馬に選ばれると一門の名誉となったそうです。

その為に馬の主たちは、大折目の前になると馬には畑仕事などはさせず、若い豆蔓を与え肥やしたそうです。
当日は馬を洗い、きれいに飾り、大アタイと言われた場所へ馬を連れて行ったそうです。

ちなみに2番、3番もあります。

2番 尾もちがる毛に 我無蔵うち乗せて 遊庭のかずに さだる嬉しや

3番 城だな登て 西向かてぃ 見れば くさとから出る 馬の清らさ

という歌詞です。

折目の祭事の様子が想像できる歌ですね。

 

城山の中腹にある碑は、それぞれが島の風習や歴史などを物語っています。

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