こんにちは。渡嘉敷島在住のSC325です。今回は「移住前と移住後の生活の変化」について書いてみたいと思います。
ダイビングインストラクター私の場合
島に移住してきたのは9年前。当時の仕事はダイビングインストラクターでした。業界の言い方だと「都市型ショップ」近くに海がある訳でもないので、日頃は学科講習やプールを借りて実技講習、週末になると海洋実習で近場の海へというスタイルです。
基本的に仕事帰りの方がお客様なので、夕方から夜が仕事の時間です。片付けや準備をしていると深夜になることもあります。
だからと言って夕方からでいいのかと言えばそうではなく、日中に済ませておかなければならないことも結構あり、結果的には仕事をしている時間が長くなります。
通勤に加えてプールへの移動、海洋実習場所までの移動などとにかく車を運転している時間が長いのもこの仕事の特徴でした。
好きでやっている仕事なのでこれもまた楽しいのですが、家族ができて子どもも生まれるとなるとちょっと話が違ってきます。
離島ののんびり感を知っていた
年に数回、訪れていた渡嘉敷島、この島ののんびりした感じや、島の人の優しい感じが好きでしたし、この島の子どもたちの都会の子とは違う様子が気に入っていました。
なので、子どもが生まれると自分の中で「島で暮らそうか、子育てしようか」という気持ちが芽生えてきました。そうなると話は早くて、知り合いを通じて働き口を決め、子どもの1歳の誕生日にはもう引っ越しを完了していました。
島では通勤時間はほぼ0です。家から1分で綺麗なビーチ。今までの移動時間は全部家族の時間だ!最高だ!と期待に満ちた家族の暮らしが始まると思われました。
これぞ島暮らしのリアル
しかし実際は…
離島は都会と違って分業体制ではありません。なんでも自分たちでやらなければなりません。ダイビングだけではなく民宿の仕事はもちろん、船や道具の整備、草刈りや野菜の世話まで。結果的に移住前より忙しいくらいです。寝る暇さえも、という日もありましたし、うちのパートナーにいたっては赤ちゃんをおんぶしたまま民宿の掃除という有様でした。
原点に帰って
これではなんのために来たのかわかりません。一旦リセットし仕事場を移ったりしながら、改めて「島でこそ」の暮らし方を考え、少しずつ仕事(生活)を作り直してきました。
自分にしかできないことをすること。家族を大事に考えること。島の豊かな自然と協調すること。こうしたことを考えながら今の生活に落ち着いてきた感じです。
一番の変化はやはり時間、そして自由
こうして振り返ってみると、決してこの島に来ただけで変わったものはなく、この島が好きになっていくにつれ変わってきたのだし、そこには自分の意思や家族の思いがありました。そして得たものは、豊かな自然の中での家族の暮らしであり、自分で考えて仕事を作っていく自由に恵まれた。ということだと思います。